IHO’s diary

たまにエッセイを書きます。sealine.tenshi@gmail.com

酒匂川サイクリングロード

 


午後四時ごろマンションを出て酒匂川をサイクリングしてきた。

このごろ友人と丹沢に登山ばかりして山頂からの景色は楽しんでいたが、夕方のサイクリングロードもまた違った興趣を味わえることがわかった。

空気が秋らしく澄みきっていた。河原で雁が二羽しきりに鳴き合っている。どこかもの哀しい声が好きだ。景色がひとりでに昔に還っていくような、不思議な気持ちになる。

万葉集で「かりがね」という言葉を見かけても、実際に鳴き声を知らなければ何にもならないんだなとつくづく思った。自転車を降りて茂みに下りたが、どういうわけか姿は見えなかった。

前から品のいい老夫婦が歩いてくる。昔の人が歩いてくる。そう言ってみたいような気になる。むこうで早々道を譲ってくれ、お礼を言ってすれ違う。さようなら昔の人よ。またどこかでお遇いしましょう。

山北あたりまで来ていた(らしい)。日が落ちるまでぼうっと霞む山と空を見ていた。

帰りは真っ暗くらのくら。走りながらライトめがけて虫が無数に飛んでくる。虫だけかと思っているとビヨッと何やら太いのが飛んできて肩にはりついた。見れば小さい蛙だ。思わず目を瞠って「おまえ蛙じゃないか」とつぶやきながら指で弾き飛ばした。

茂みから獣が飛び出して目の前を素早く走り抜ける。しっぽの形から推してたぶん狸だ。しばらくして猫も一匹飛び出した。

おばけでも出そうな静けさ。火の玉が出たらさぞ美しかろう、なんて考えながら、涼しい夕闇の一本道を夢見心地にすっとばした、秋の日の夕暮れの記録でござい。